ロンドンにて
大英博物館に行って来ました。
大英博物館には、かつて本当に大きな図書館があったようです。
その図書館に、毎日のように通っていたのが、マルクス。
同じ時期、薩摩の志士達もこの大英博物館に通っていたのでしょうか?
もしかすると、マルクスと薩摩の志士達は、同じテーブルで調べ物をしていたのではないでしょうか?

田中光敏
大英博物館に行って来ました。
大英博物館には、かつて本当に大きな図書館があったようです。
その図書館に、毎日のように通っていたのが、マルクス。
同じ時期、薩摩の志士達もこの大英博物館に通っていたのでしょうか?
もしかすると、マルクスと薩摩の志士達は、同じテーブルで調べ物をしていたのではないでしょうか?

田中光敏
薩摩の五代友厚は、大阪を東洋のマンチェスターにする!
と言ったとか。マンチェスターの街は、当時のままの美しい赤煉瓦の建物が残っていました。
運河から見る風景は、運河が利用され発展している大阪の街と重なって見えたのでしょうね。

田中光敏
先ず、朝から来たのは薩摩の志士達が当時見て驚いた蒸気機関車。

当時の蒸気機関車より、少しだけ新しいものになりますが、大切に今もメンテナンスされて走っているのです。その姿はなかなか力強く美しい。
ちょっと、ハリーポッターの映画に出てくる列車に似ているなぁ〜と思いながら、
その頃の日本は、まだ、人力車や篭の時代。
サムライのカルチャーSHOCKは大きかったでしょうね。
まして、薩英戦争で、この国と戦うなんて。
相手のふところに入って、このイギリスを学ぼう。
そう思うのは、自然なことのように思いました。

始発と終着駅には、こんな風情のあるパブがありました。

次に向かったのが、マンチェスター空港近くにある、ナショナルトラストクォーリーバンク。
そこの中にある紡績工場。今も大切に管理されて、現役として動いています。
まさしく、この姿をサムライ達は、みたのでしょう。
女性も、男性も一緒になって工場で働き、近くの公園で男女一緒にランチを食べる。
先進的な紡績の機械だけでなく、工場の中にある空気感そのものが、
サムライ達の、目指す日本の姿だったのかなーと思いました。

ロンドンとマンチェスターは列車移動です。およそ、2時間10分。

田中光敏
1番上の写真は、ロンドン大学の近くにある、当時文豪たちが通ったと言われているカフェ。
その近くの通りに面して、日本の当時の志士達が暮らしていた、アパートがあると聞いて行ってみました。
どんな生活をし、何を食べていたんでしょうか。ずいぶん素敵な住まいでした。

ロンドンは、街の中の至るところに花があります。
ちょっとしたことですが、気持ちが安らぎますね。

今朝はトラムに乗って、マンチェスターの北部ベリーに行きます。
五代友厚や薩摩の志士達が、まず衝撃を受けた蒸気機関車、その当時のものが動いていると聞いて、やって来ました。


田中光敏
薩摩の志士達十四人は、ロンドン大学で、学びました。

少しロンドン大学の中を、薩摩の志士達の気分で歩いてみました。

大学に入って行くと、こんなものを見つけました。
大学に関わった、様々な日本人を紹介しているパネルです。
その中に、十四人のこの大学で学んだ薩摩藩士の事も、取り上げられていました。


中に進むと、ジェレミーベンサム= ロンドン大学の創設者の像がありました。
功利主義を説いた人です。
功利主義
なかなか、僕には、馴染みのない言葉ですが、案内をしてくれた橋本先生曰く、
最大多数の最大幸福
となるようです。幕末の日本には、無かった考え方ですね。

大学の至るところで工事中のところが多く、日本の志士達の、記念碑があると聞いていたのでですが、工事現場の真っ只中にあると聞いて、半ば工事現場を諦めながら歩いていていました。
偶然にも、記念碑に遭遇しました。
日本から来てよかった!
やっと、やっと、薩摩藩士に会えた。

サムライ達を受け入れた。ロンドン大学には当時、人種や宗教や国を越えて、たくさんの若者達がいたんですね。薩摩の志士達にとって当時の日本を思うと、大きな刺激になったでしょうね。
僕を案内してくれている男性は、ロンドン大学の東洋アフリカ研究学院の博士課程の方です。

何故、ロンドン大学へ行ったのか?
当時の、イギリスのケンブリッジやオックスフォード大学は、エリートのキリスト教信者しか受け入れなかった。しかしロンドン大学は、非常に考え方がリベラルで、門戸を開いて、日本のサムライ達を受け入れた。
当時は、人種や宗教や国を越えて、たくさんの若者達がいたんですね。
薩摩の志士達にとって、当時の日本を思うと、大きな刺激になったでしょうね。

田中光敏
カムデン地区にあるイートンカレッジロード。
閑静な住宅街に薩摩の志士たちが通った家があります。
ウィリアムソン教授の家です。
薩摩の志士たちや長州の志士たちを、よく面倒を見てくれたイギリスの紳士です。
自分の妻が、身籠っているにもかかわらず、結核で倒れた長州の志士の面倒を家で見たという話しを聞きました。国境を越えて、文化を越えて、人を思いやる心は、感動します。
感謝ですね。


ウィリアムソン教授の家の前に教会があります。
セントセイビア教会と言う名前です。
名前の意味は、救い主。救世主。と言う意味だそうです。
日本のサムライ達を助けてくれたイギリスの教授の家の前に、この名前の教会があること、偶然でしょうか?

田中光敏
もう一軒、こちらはクイーンズゲイトにあるケンジントンホテル。
ケンジントン宮殿の近くに薩摩の志士たちは分宿したようです。
このホテルもなかなか格式のあるホテルのようです。
現在宿泊すると、一泊、四万から五万円ぐらいするようです。
この薩摩の志士達の旅、どのくらいの予算だったのでしょうか?
一足先に、イギリスの地を訪れた長州の伊藤博文達一行の旅は、千両もかかったという話もあるようです。

田中光敏


因みに、このロンドンへの旅の段取りをしたのは、長崎にいたトーマス・グラバーだそうです。田中光敏
イギリス、ロンドンにいます。
幕末の志士たちが、海を渡ってロンドンに辿り着いた、その足跡を辿っています。
ビゴストリート近くにある、セビルローという紳士服をオーダーメイドするお店が立ち並ぶ地域。
幕末の志士たちは、着物を脱ぎここで、洋服をオーダーしたと言われています。この地域の名前セビルロー、日本の背広の語源になっているようです。
それにしても、ロンドンは寒い。
9月の初旬だというのに、もうすっかり、そこまで冬が来ているようです。
田中光敏
大阪芸大の学生達と、8月29日から4日間の日程で、京都東映撮影所に撮影に来ています。
二年目を迎える、学生が主体となり、東映京都の最高の技師さんたちに教えてもらいながら、学生達が五分のショートフィルムを作ります。
天気にも、恵まれ、素晴らしいロケ日和でした。
きっと今年も、いい作品が出来上がると思っています。
学生達の、真っ直ぐなものづくりに対する考え方、いつもこちらが勉強になります。
京都東映撮影所のみなさま、温かなご指導ありがとうございます。
とても勉強になりました。





因みにに、題材は本当にユニークでなかなか面白いです。
みなさまにも、是非見ていただけるように頑張ります。
田中光敏